驚くべき無責任体質を暴露した「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」

 昨日開催された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会に参考人として出席した内閣府原子力安全委員会の班目委員長と経済産業省原子力安全・保安院の寺坂前院長の無責任な対応に怒りと驚きをを感じたのは私だけではないでしょう。3月12非早朝あのズル管がヘリコプターで福島原子炉を視察した時、本来、班目は総理の暴挙を体を張ってでも阻止する立場だったにも拘らず、驚く事に一緒にヘリに同乗して空中散歩をした大馬鹿野郎です。当時から非常識な言動をしていましたが、昨日の答弁態度をみていると常軌を逸しているとしか思えません。更に寺坂前院長は「私は文系で原子力について素人」と答える始末でした。素人なら当然その職の責任を全う出来ないのですから保安院長への就任を拒否すべきだった筈です。この様な無責任で無能力な人間が原子力関係のトップに座って高額の報酬を奪い続けていたのですから、原子力行政が如何に杜撰で危険な状態に置かれていたか背筋が凍りつくような思いを強く感じてしまいました。この無責任極まりない寺坂前院長が割り増し退職金を懐に入れ涼しい顔をしている光景を見ている国民は何処に怒りをぶつければ良いのでしょう?
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コメント

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こんばんは。日本が科挙を基本とした儒教の仕組みに骨の髄まで汚染されている限り、このようなでたらめな人物はいくらでも出てきます。また、このような事故は繰り返されることはあっても無くなることはありません、どんな失敗をしても高学歴のエリートとやらは責任を取る必要がないからです。
学問は世の中の役に立つから価値があるのであって試験で高得点を取るためのだけものなら何の役にも立ちません。
原子力だけにとどまらず、科学技術のリスクを減らし発展を求めるなら、学識者とと現場で働くものが互いに協力し両輪として機能しなくてはなりません。
試験の点数では能力・人格を計ることはできません。あくまで教科書に書かれていた知識だけです。
教科書や文書に書かれている事柄は過去の事例の一部だけですから時々刻々と変化する現実に対応できるはずはありません。
日本が国力を伸ばした時代は学歴より社会に出て実際の現場での努力を評価されていた時代です。
福島のような自体を引き起こさないためには、学歴偏重主義を脱却し等身大の国民が普通に生きていけるようにする事と、省庁からキャリア制度を廃止し能力のある者が上に行く・・一般企業と同じにすること、信賞必罰を明確にする事です。
人権屋は軍隊の軍法会議を人権侵害だと騒ぎ立てますが、より大きい力を持つもの、権力を持つものに、相応の責任が問われるのは常識だと思います。

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